萌えよ議事録

 オタク生活の中で日々思いついた事などをまったりとカキコするブログです。自作PC・ミリタリー・東方・同人誌蒐集・エロゲがキーワードw
 

真・うどん県オタ。

今日は、日曜日に行ってきたちょっとしたお出かけのお話をば。
なお、いろいろ書いていたら想定外の長文になってしまったので、続きは追記にGO!


<<<<<追記ここから>>>>>

日曜は朝のうちにちょっとした用事があったのですが、チャリだと不都合がある用事だったため、久々に車で出かけていました。
ご存知の方もいるかもですが、副委員長代理は基本的に車(の運転が)嫌いなので、普段は滅多に乗らないのですが、珍しく車に乗ったということで、ちょっと遠出して地元うどん県西部にあるこんな場所に行ってきました。

詫間海軍航空隊 滑水スリップ跡
詫間海軍航空隊 滑水スリップ跡
土木学会の土木遺産認定証

香川県三豊市詫間町(旧三豊郡詫間町)にあった、旧海軍の詫間海軍航空隊(以下詫間空)跡地に残る、滑水スリップ(滑走台)の遺構です。
「滑水スリップって何ぞや?」と言う方のために一応説明しておくと、滑水スリップとは、水上機(フロートが付いていて水面を滑水して離着水を行う航空機)が地上施設と水上(海上)を行き来する際に使用する滑り台みたいなもののことです。
艦載の水上機の場合、発進はカタパルトで射出(艦によってはクレーンで海面に降ろして離水)し、着水した後はクレーンで吊り上げて艦に戻すのですが、陸上基地の水上機は、地上は自機のタイヤもしくは専用の台車を使って走行し、この滑水スリップから海上に出た後離水するという運用(戻る手順は発進の逆)がなされていました。
詫間空の跡地にはこの滑水スリップの遺構が4本分残っており、香川県に残る数少ない戦争遺構として、当時の状況を今に伝えています。

それと、詫間空についても少し触れておくと、太平洋戦争の中期に開隊され、その後横浜海軍航空隊の後を受ける形で、大戦終結まで飛行艇の一大部隊として、飛行艇・水上機パイロットの養成や、偵察任務などに従事した部隊でした。
部隊が駐留した詫間基地は、水上機専門の基地ということで、二式飛行艇(晴空)・九七式飛行艇・二式水上戦闘機・水上偵察機瑞雲・零式水上偵察機・零式観測機・九四式水上偵察機・九三式水上中間練習機など、当時の日本海軍の主力飛行艇・水上機の大半が装備されていたそうです。
また、大戦の末期には、「神風特別攻撃隊 琴平水心隊」の名で、速度性能の劣悪な零式水偵・九四式水偵を使用しての無謀な特攻が行われ、50人を超える優秀な若者の命が失われました。
それから、一時東京の船の科学館にあり、現在は鹿屋基地に置かれている二式大艇ですが、終戦時この詫間空に残っていた機体のうちの1機だそうです。

この詫間空の遺構については、香川県に残る戦争遺構としては最大規模のもので、香川のミリオタでここに行ったことのない輩はモグリと言っても過言ではない(個人の感想ですw)と思っていたのですが、お恥ずかしながらその自分自身が行ったことがなかったのですよね(^^;
ただ、今回ようやく行くことができたということで、これでようやく「うどん県出身のミリオタ」を誰に憚ることなく名乗れそうですw(これも個人の感想ですw)
…実は、前々から何回も行こうと思っていたのですが、太陽高度が高い時期で、天気がよくて風の弱い休日で、干潮時の潮位が低く、潮位の低い時間が光線状態のいい時間帯の日、という結構面倒くさい条件の日を狙っていたら、結局(というか当然w)条件に合致する日が一度もなく、気が付くと何年もの年数が経ってしまいましたね(苦笑
今回は条件的にはかなりアレだったのですが、どうもそれを言っていたら一生行く機会がなさそうなのと、ちょうど車で出歩く理由が出来たのと、後述しますが、詫間に急いで行っておいた方がよさそうな用件が出てきたので、ついに行くことができましたねw


と、前置きはこのあたりにしておいて、当日撮った滑水スリップの写真から、いろいろと書いていきたいと思います。
先述の通り、詫間空跡地には滑水スリップが4本遺されているのですが、それを大きく分けると、西側にある細い3本(飛行艇用?)と、東端にある太い1本(水上機用?)の2種類に分けることができます。
今回は、まず東端の一番太い滑水スリップから見学を始めました。

東端の滑水スリップ
滑水スリップ側面
東端の滑水スリップ(パノラマ撮影)

非常に幅の広い滑水スリップで、これが飛行艇用のものかと思っていたのですが、戦時中の詫間空の施設配置を見ていると、このスリップを上がった先は小型水上機の格納庫が並んでいるので、こちらが水上機用のスリップっぽいですね。
このスリップについては、石積みで基礎を組み、その上にコンクリの舗装を施した(コンクリの板を敷き詰めた?)形で造られていました。

滑水スリップ側面の構造

こんな構造が海の中まで続いています。
ただ、あまり大事に保存されている感じはなく、全部が全部戦時中のものではない可能性もあるので、当時の実際の工法については想像するしかできない部分もありそうですね。

それと、戦後70年を経て、そこそこに各所が痛んできており、コンクリ舗装が割れているところなどが所々に見えました。

割れたコンクリ舗装
謎の石の山

コンクリ舗装が割れているところは、もしかすると当時の空襲の痕跡の可能性もありますが、詳細な資料が残っていないのでそのあたりは不明です。
それと、2枚目のガレキの山みたいな石の山は、スリップ本体から崩れたものかと思ったのですが、そもそも周囲のスリップ本体は壊れていなかった(ように見える)ので、壊れた箇所は修理されていて、壊れた残骸が残っているだけなのか、それともガレキ自体に別の意図(例えば消波ブロック代わり的な)があるのかは不明です。


と、一番東端の太い滑水スリップはこのくらいにしておいて、今度は車で西の端まで移動し、細い方の滑水スリップ3本を見ていくことにしました。

西側の滑水スリップ

こちらは東端の物と比べると1本1本の幅はかなり狭いですが、本数は3本と多くなっており、詫間空の施設配置を見てみると、ここを上がった先に飛行艇の掩体壕や格納庫があるので、恐らく飛行艇用の滑水スリップではなかろうかと思われます。
なお、東端の滑水スリップについては、防潮堤の扉が開放されていたので、滑水スリップ上に自由に入れたのですが、西側の3本のうち2本については防潮堤が閉まっており、足場的に降りると戻ってこれるかかなり微妙な高さだったので、今回は防波堤上からの見学に止めておきました。

それでは、ここからは西側3本の滑水スリップの写真を載せていきます。
まずは、西端にある滑水スリップ。

西端の滑水スリップ
基礎部分から崩れた東側面
戦後に造られたと思しき構造物

4本の中ではかなり状態が悪いスリップで、特に東側の側面は基礎の石積み部分から激しく崩れています。
また、滑水スリップ上の構造物については、生えている金具が明らかに後世の物の部分(全く錆びていない)があるのと、そもそもこんなところに地上施設を作るとは思えない(肝心の飛行艇が出入りできなくなるw)ので、戦後になって追加されたものではなかろうかと思います。

続いては、西側から2本目の滑水スリップ。

西側から2本目の滑水スリップ
東側面の破損個所

ここは何かの配管が通されているのと、東側の舗装・石積みの一部が破損していますが、比較的状態はよかった感じですね。
配管がかなり邪魔ではありますが、飛行艇用の3本の中では一番当時の雰囲気を感じられる滑水スリップだと思います。

そして最後は、西側から3本目の滑水スリップ。

西側から3本目の滑水スリップ跡

残念ながら、隣接する化学工場が使用する桟橋となっており、滑水スリップ自体は残されていません。
ただ、桟橋建設の際に、滑水スリップを基礎の一部として利用しているため、その名残を桟橋の側面部に見ることができます。

滑水スリップの名残

滑水スリップの基礎部分の石積みと、その上の舗装部分がかすかに残っています。
反対側もこんな感じになっており、この桟橋は滑水スリップの上に被せるような形で建設されていましたね。
しかし、滑水スリップを避けて桟橋を作ればいい(基礎を流用したからって劇的に建設費が変わるとも思えませんし…)のに、わざわざ滑水スリップを潰して桟橋の建設計画を立てる会社も、それを認める県もいったい何を考えているのやら…


そして、滑水スリップ4本の見学を終えた後は、詫間空跡地の化学工場と香川高専の敷地をぐるっと回って裏の山道に入り、こんなところを見学してきました。

史跡 詫間海軍航空隊跡
案内看板

詫間空の跡地を見下ろす場所に、「史跡 詫間海軍航空隊跡」という名前で、記念碑と詫間空の説明板が設置されています。

記念碑
詫間空の説明板

なお、この記念碑の周辺は小さな公園のようになっており、ベンチが設置されていたり駐車場(4台分)があったりしました。
それと、ここの駐車場からは、眼下に広がる詫間海軍航空隊の跡地を見ることができます。

詫間海軍航空隊跡地
詫間海軍航空隊跡地(パノラマ撮影)

ここから見えるのは大半が神島化学工業という会社の工場で、写真の左手奥にわずかに香川高専の詫間キャンパスが写っています。
かつては、このパノラマ写真で言うと右手側には水上機関連の施設群(大きな滑水スリップはこちら側)や工場などが、左手側には飛行艇関連の施設群(小さな3本の滑水スリップはこちら)があったそうです。
また、左手奥の香川高専の詫間キャンパスがあるあたりは、兵舎や練兵場が置かれていたそうです。

それから、記念碑のある小さな公園のようなところの道路を挟んだ向こう側にも、いくつか記念碑が並んでいます。

道路向こう側の記念碑
二式会記念碑

記念碑・記念植樹に協賛した方の名簿や、詫間空の建設に伴って立ち退きを強いられた住民の名簿の石碑などが、合計4つ建てられていました。
なお、写真の記念碑は「二式会」という、当時の工場(詫間海軍工廠)で二式大艇の整備作業に従事していた方々が作った会が建てた記念碑だそうです。

また、これらの記念碑のすぐそばには、こんな戦時中の施設が残されています。

防空壕フェンス
防空壕案内看板

山腹に5本の防空壕跡が遺されていました。
なお、この防空壕ですが、フェンスがあるために中の様子はあまりよく見えない…と思いきや…

防空壕内

…フェンスの扉に鍵がかかっていない…だと…?
鍵が壊されたとかではなく、最初から鍵など付けていないようで、確認できた3箇所はいずれも普通にフェンス内に入れる状態になっていました。
立ち入り禁止の看板の類も一切ないですし、私有地の可能性もあるので確認はした方がよさそうですが、特に入っても問題はなさそうな感じでしたね。
戦時中の構造物にしてはコンクリの質もよさそうで、わずかにヒビが入っている箇所は見受けられるものの、少なくとも崩落の危険が差し迫っているような状態には見えないので、中を探索してみるのもいいかもですね。(もちろん入る方は自己責任でw)

…まぁ、ニワトリ野郎な副委員長代理としては、一人でこんなヤバそうなところに立ち入る勇気はなかったので、入口のフェンスを開けて、そこから感度と露出を高くした写真を一枚だけ撮っておきました。

防空壕内(高感度撮影)

結構奥の方まで続いていますし、5本も隣接している以上、内部でそれらが連絡している(奥の方には指揮所みたいなのもありそう?)でしょうから、探索するなら結構な大冒険になりそうですねw
入口は足場はしっかりしていて天井も高いものの、奥はどうなっているか分かりませんし、また当然の如くかなり暗いので、光量の非常に大きな懐中電灯や、謎の洞窟生物に襲われても大丈夫な装備と精神を忘れずに携帯して、可能なら複数人で探検する必要がありそうです。
…まぁ、正直入ること自体オススメできそうにないのですがw(重ね重ね、探検する方は自己責任でw)

それと、先ほど防空壕が5本あると書きましたが、ちょっと分かりにくいものもあるので、入り口部分の写真だけ5本分載せておくことにします。
うち3本については、非常に分かりやすいところにあるので、容易に見つけられると思います。

防空壕1本目
防空壕2本目
防空壕3本目

2本は記念碑が建っているそば、もう1本は二式会の記念碑がある壕の向かってすぐ左側にあります。
この3本は外から普通に見えるので、すぐに存在を確認できるのですが、残りの2本については、結構分かりにくいところにあるので、気付かずにスルーしてしまう人も多そうですね。

防空壕4本目
防空壕5本目

先ほどの3本の両サイドに1本ずつ、茂みに隠れるように防空壕(と思しきもの)があります。
どちらも山道のカーブを少し曲がった先にあり、入口が草木に覆われていて非常に分かりにくくなっています。
入口の草木が非常に邪魔なので、中を見ることはできませんでしたが、他の3本と同じくフェンスがあり、冬季に草木が枯れれば、その内部を見ることもできるかもですね。


そして、詫間空跡地・記念碑と防空壕の見学を終えた後は、帰宅…の途中にある、こんな施設に立ち寄ってきました。

三豊市詫間町民俗資料館・考古館
表札っぽいの
三豊市詫間町民俗資料館・考古館
三豊市詫間町民俗資料館・考古館

三豊市詫間町民俗資料館・考古館という、詫間町が運営する小さな博物館です。
地元詫間町で出土した土器・石器などの考古資料や、古い農業・漁業などにまつわる資料が展示されています。
受付で入館料100円を払ったら、すぐに館内の常設展示室があり、いろいろなものが展示されていました。

常設展示室
常設展示室

この時は来館者は副委員長代理以外誰もいなかったのですが、入館すると受付のおばちゃんが急いで出てきて、館内の電気を付けて回っていたあたり、さすが田舎の過疎博物館だなぁ、と(^^;
非常にこじんまりとした資料館で、写真に写っている1階の常設展示室と、2階の階段周囲に少しだけある常設展スペースと、第1(1階)と第2(2階)の特別展示室、あとは隣の建物に農機具などが展示されている(そちらは行っていないので未確認)だけでしたね。

なお、考古資料とかにも個人的に興味があると言えばあるのですが、今回のお目当ては常設展示室の方ではなく、奥にある特別展示室(第1)の方だったので、考古資料の見学はほどほどにしておいて、特別展示室へと向かいました。

特別展示室(第1)
特別展示室(第1)

常設展示室よりさらに狭い、ちょっとした会議室くらいしかない特別展示室ですが、ここでは詫間海軍航空隊関連をはじめとした旧軍関連の品や、戦時中の生活用品などの展示が行われていました。

戦時中の生活用品など
戦時中の生活用品など
航空機模型
詫間空関連の写真
詫間空の資料

兵士が持ち歩いた品や、当時の被服・郵便物などの日用品、詫間空関連の資料や航空機模型などが展示されていました。
詫間基地に関係する展示物や、兵士が携帯した品々、戦争映画とかでオバちゃんが付けている襷、「検閲済」の印が押された郵便物など、当時の軍・民の生活の一端を垣間見ることができましたね。

また、戦時中の焼夷弾の弾体も展示されていました。

M69焼夷弾

松山大空襲で投下されたM69焼夷弾です。
松山空襲の翌日に、被害調査のために派遣された善通寺陸軍病院の衛生兵の方が、現地で回収したものだそうです。

それから、詳細不明なのがアレですが、こんなレアモノも展示されていました。

二式大艇の部品

戦後に詫間空から払い下げられた航空機の部品で、二式大艇(二式飛行艇)の内部で使われていたものと推測されるそうです。
二式大艇というと鹿屋基地まで行かないと見られないですが、部品とはいえこんな身近なところで見られるとは思ってもみませんでしたね。

そして、この航空機部品の隣には、こんなものが展示されていました。

川西 十四試高速水上偵察機「紫雲」プロペラスピナー
説明文
川西 十四試高速水上偵察機「紫雲」プロペラスピナー

川西航空機の十四試高速水上偵察機「紫雲」のプロペラスピナー(プロペラに付いている覆い)でした。
今回この博物館へ行った最大の目的でしたが、無事展示されている姿を見ることができましたw

川西と言うと紫電改や二式大艇、水上機なら紫電のベースになった水上戦闘機「強風」が有名ですが、その川西が造ったマイナー水上偵察機がこの紫雲です。
高速を活かした敵制空権下での強行偵察を主眼に置いて開発され、二重反転プロペラ、緊急時に投下できる主フロート、半引き込み式の補助フロートといった当時の最新技術をふんだんに採用した、非常に野心的な機体でした。
ただ、完成した機体は速力は思ったほど出ず、構造が複雑ゆえに故障も多くて整備性もよくなかったそうで、試作機も含めてわずか15機の生産で打ち切られ、実戦でも大した戦果を残すことはできなかったようです。
…そもそも、空気抵抗的に有利な艦上・陸上機でも、発動機の出力不足や燃料の品質の悪さで速度の稼げなかった旧軍において、フロートなどの無駄な空気抵抗の多い水上機で高速力を狙うという発想自体に無理があり、なぜ発案の段階でやめとこうって話にならなかったのかが個人的には不思議だったりしますがw(旧軍の試作機はそんなのばっかりですがw)

なお、その紫雲が詫間空に配備されていたかは不明ですが、このプロペラスピナーについては、横浜海軍航空隊の部隊が詫間空に移転してくる際に、航空機と一緒に詫間空へ持ち運ばれたものと推定されるのだそうです。
また、二重反転プロペラを採用している関係で、紫雲のプロペラスピナーは2ブロックに分かれているのですが、このスピナーは前側(機首先端側)のものになっています。
後ろ側がどこに行ったのかは不明ですが、2つとも揃っていれば大変面白い画になっていたでしょうから、そこはちょっと残念なところでしたね。

ただ、非常に気になるのが、プロペラブレードの通るスリットがやけにデカい気がするのと、そのスリットの形状が四角という珍しい形をしている点ですが…これ本当に紫雲のプロペラスピナーなんだろうか…?
…まぁ、生産機数自体が少ない上に、試作機が生産機数の半数を占めるような難産の航空機であったことを考えると、試作機を作る上でいろいろ試験された部品のうちの一つ、という可能性もありますし、そのあたりは専門家じゃないので何とも言えないですが(^^;
事の真相はさておくとして、紫雲は現存機が1機もなく、その姿はわずかに残った写真でしか見ることができないので、一部の部品とはいえ実物(っぽい)を見られるのは非常に貴重だと思います。

それから、このプロペラスピナーですが、無造作に床に置かれた台の上にゴロッと置かれており、説明文もセロハンテープで本体に直接貼るという豪快な形式での展示だったのですが、それゆえに柵などもなく近くまで寄ることができ、細かい写真を撮ることができました。

スピナーの先端部分
スピナーの先端部分
先っぽに変な突起が付いていないので、海軍機のスピナーで間違いなさそう(陸軍機は何か変なのが付いている)ですが、何やら先端部に加工の後が見えるので、このあたりもちょっと怪しい感じですね(^^;

プロペラブレードの通るスリット
プロペラブレードの通るスリット
零戦や紫電改と比べると、開口部が大きい上に形状が四角という非常に特徴的な形をしていますが、残っている紫雲の写真も鮮明じゃないので、ここから直ちに紫雲の物かどうかは判断できなさそうです。
なお、2枚ブレードのプロペラが2本なので、ブレードの枚数は計4枚ですが、二重反転プロペラの関係でスピナーは2つに分割されているので、この前側のスピナーには開口部は2箇所しかありません。

スリット周辺部の内部
スリット周辺部の内部
スリットの内側はこんな感じになっており、構造を支持するための梁みたいな支持材が縦横に渡されています。
支持材とスピナー本体の接続には沈頭鋲が用いられているので目立ちませんが、よく見ると支持材の配置が外からも分かります。

スリットから覗いたスピナー先端部の内側
スリットから覗いたスピナー先端部の内側
開口部が広いので、そこからちょっとレンズの先っぽを失敬して、内部の写真も撮ってみました。
先端部分に何か加工がされていましたが、内側から見るとその様子が特に分かりやすいですね。
普通スピナー単体で展示されることはない上に、こんな手で触れるような展示のされ方(触らないように注意はしましたがw)はまずしないので、旧軍機のスピナー内部の写真ってのはかなりレアなんじゃないでしょうか?w
あと、スピナーに引っかけるとマズイので、フードを外して撮影したために、蛍光灯のゴーストが盛大に写り込んでいますが…細かいことはあんまり気にすんなw

そして、スピナーの撮影を終えた後は、詫間町民俗資料館の見学は終了としました。
見学終了後は、途中で買い物などの寄り道を少々しつつ、帰宅の途に就きました。
あと、この日は善通寺で自衛隊香川地本が参加するイベントが行われていたので、ついでに寄ろうかとも思いましたが…結構疲れていたし、もういいかな、と(^^;



といった感じの詫間プチ遠征?でした。
地元香川に残る大変有名な戦争遺構ということで、いつか行かなければと思っていた詫間空の跡地見学ですが、有閑な知り合いが「詫間の博物館の特別展で戦闘機のプロペラ展示してたよー」と教えてくれたことが、今回詫間へ行くきっかけになりましたね。(なお「戦闘機じゃねぇしプロペラでもねぇよ!」というのは興味のない人の発言なのでスルーしてやってくださいw)
詫間空の見学だけだったら、気象条件や海況が合うまで、これまでの調子で何年も様子見を続けていた気もするので、今回は本当にいい機会でしたねw

なお、紫雲のスピナー展示ですが、一応常設展ではなくて特設展扱いになっているようですから、いつ見られなくなるかは分かりませんし、見たい方は早めに足を運んだ方がいいかもですね。
…まぁ、今年は戦後70年の節目の年ですし、これ以外にそれほど展示すべきものもない気がする(失礼w)ので、少なくとも今年いっぱいは展示が変わるということもないでしょうがw
 
 
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